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 SPICEシミュレーション


 小出力パワーアンプをシュミレーションしてみる

 SPICEは便利なツールで、回路を組まなくても動作の評価が出来ます。
 勿論、シミュレーションと実際の動作は微妙に異なる場合もあるので、下手にシミュレーションの結果を信用すると痛い目に遭う 場合もあります。
 SPICEは結構、古くから存在していたのですが、最初は高価で触れませんでした。
 最初に目にしたのは半導体メーカーの講習会でOPアンプの解析に使用された時です。
 その時、大変感激し、システムの入手方法を質問した記憶があります。
 何年か過ぎ、最初に使ったのはPC98、MS−DOSの時で、評価版を試す事ができました。
 CPUは80286、クロックは10MHz程度の時で、簡単な解析にも時間が掛かりました。
 別売の演算プロセッサ80287を装着したところ解析時間が数十分の一になった事を覚えています。
 その後、仕事や趣味に活用させていただき、重宝しました。
 現在ではPCが当時と比較して驚異的に高速になったので、快適に使えるようになりました。
 ただし、解析回路にコイルが存在すると今でも長時間掛かる事もあります。
 そろそろ、仕事は引退する時期でSPICEを使う機会は減りましたが、時々、趣味で楽しんでいます。
 今回、手持ちのゲルマニュームトランジスタで小出力のオーディオアンプを設計しようと思い立ちました。
 ただし、現在、オーディオアンプを必要としていないので実際に作る事はありません。
 SPICEによる評価に留めます。
 作らなければ手持ちに無いトランジスタを使用してもよいのですが、設計上の制約として手持ちという条件を付けました。


 使用トランジスタ

使用トランジスタ

 まず、手持ちのゲルマニュームトランジスタを見てみると数の揃ったパワートランジスタがありません。
 小型のパッケージの2SB82Hが8個あったので、これを使うことにしました。
 このトランジスタはコレクタ耐圧が高いのですがコレクタ電流は0.5Aしか流せません。
 コレクタ損失も2Wしかないので、大きな出力は出せません。
 ドライバは2SB22と2SD30のペアを使用しました。
 ゲルマニュームのコンプリメンタリとしては比較的コレクタ損失が大きいものですが、耐圧が低いので大きな出力は 取りだせません。
 初段と2段目は2SB459を使用しました。
 このトランジスタはローノイズ用途のもので、以前、たくさん買っておいたものです。
 写真は左から2SB459、2SB22、2SD30、2SB82Hです。


 仕様

 B級プッシュプル回路の出力は理想的には電源電圧と負荷抵抗(スピーカーのインピーダンス)で決まります。
 負荷にP−Pで電源電圧いっぱいの出力を取りだせたとすると
 W=(V/2/2^1/2)*(V/2/2^1/2)/8(負荷抵抗値)=V ^2/64
 スピーカーを8Ω、電源電圧はAC10Vを整流して14Vとすると計算上は3W程度の出力となります。
 実際には回路のロス、設計の不十分さで、これ以下の出力となります。
 今回は無歪みで1W以上の出力が出せれば良いとします。
 昔、趣味でオーディオアンプを作っていたので、回路構成は暗記しています。
 あとは、この電源電圧に合った動作点となるように抵抗値を決めて行けば良いわけです。
 多少、設計が悪くても、最大出力は低下しますが、負帰還のお陰で我慢して聞ける程度にはなります。


 SPICEモデルの決定

 SPICEにもいろいろな種類がありますが私が使用したのはプロテル99SEのものです。
 問題点として付属のトランジスタモデルの品番に馴染みが無いということです。
 個々のモデルを覗けばパラメータを示したテキストファイルが付属しています。
 パラメータの数はバイポーラトランジスタで50個以上あるようですが、ファイルには20個位が記述され、残りの パラメータはデホルトのままになっています。
 これらのパラメータを眺めてもピンと来ませんが、コメントを見れば大体の用途が判ります。
 ただし、モデルを一つずつ開いて探していくのでは時間がいくらあっても足りません。
 幸い、以前、一つのテキストファイルに全てのモデルのパラメータをコピーしておいたので、特定の条件で検索できるように なっています。
 ゲルマニュームトランジスタはコメント欄にGeと記述されているので、これをキーワードにして検索しました。
 この時、文字列で検索するとGePurp(汎用)を拾ってしまうので(こちらの方が圧倒的に数が多い)単語で検索 します。
 結局、1000個程度のトランジスタモデルでゲルマニュームトランジスタは10個程度でした。
 モデルにもいい加減なものが結構あるので、個別に特性を試してから組み込むのが良いのでしょうが、選別するほど種類が ありませんでした。
 という事で下図に示す3種類のモデルで遣り繰りすることにしました。
 すなわち、初段、2段目、コンプリメンタリのPNPをECG100、NPNをECG101、出力段をECG102Aと しました。
 下図で先頭に*が付いた3行がコメントになっています。

使用モデル


 シミュレーション回路

 回路図をクリックすると拡大表示されます。
 拡大図から本文に戻るにはブラウザの←戻る釦を使用してください。

シミュレーション回路

 SPICEは回路の設計はしてくれません。
 設計された回路を評価するツールです。
 たたき台となる回路は作成しておく必要があります。
 上図は最終的なシミュレーション回路です。
 シミュレーション開始時と構成は変わっていませんが抵抗値は変わっています。
 周波数特性で高域にピークがあったので小容量のコンデンサを追加しました。
 初段のトランジスタは独立しているので、0.5mA程度のコレクタ電流を流した時に、それなりのゲインが得られるように 負荷抵抗を調整しました。
 エミッタ側の100Ωの抵抗に負帰還を掛けます。
 負帰還の量は適当で、多ければシャープな音に、少なければ暖かい音になるはずです。
 2段目のトランジスタは3mA程度で動作させるつもりでしたが結果的に4mA以上となりました。
 直流的には中点の電位が電源電圧の1/2になるようにバイアスを調整します。
 具体的には回路図のR15を微調整します。
 交流的にはブートストラップ回路でゲインを上げています。
 R19の抵抗は終段トランジスタのアイドル電流を決定する為、微調整する必要があります。
 温度変化にたいする安定度を保つ為に、実際にはサーミスタと抵抗の並列回路が用いられます。
 V1は直流電源(−14V)、V2は信号源で周波数と振幅を入力します。
 振幅は実効値では無く正弦波のピーク値を入力します。
 R1は信号源の出力インピーダンスを想定しています。
 R20はスピーカーのインピーダンスです。
 過渡解析では全ての部品の電流値と消費電力が計算されていて、解析後、リストから選択すれば瞬時波形を表示出来ます。
 また、演算機能を使えば、これらの値の平均値や実効値を表示することが出来ます。
 各接続点(ノード)の電圧は予めラベルを付け、表示個所を登録しておきます。


 シミュレーションの実行

 最初にアンプの入力を信号源から外して接地します。
 これで、各部の直流的な動作点を調整します。
 この時、信号発生器は消さないで残しておきます。
 過渡解析の動作タイミングを信号発生器の周波数に同期させたほうが設定が簡単な為です。
 ただし、信号発生器の出力がオープンになっているとエラーになるので、R2をダミーの負荷として用意しておきました。
 まず、初段のトランジスタのコレクタ電流、コレクタ電圧を確認します。
 コレクタ抵抗の値でコレクタ電圧が変わるので振幅が大きく取れそうな値に調整します。
 次に2段目のバイアスを回路の中点(シミュレーション回路でVCというラベルが付いた位置)の電圧が電源電圧の1/2に なるようにR15を調整します。
 その前に、コレクタ電流を設定し、負荷抵抗を最初に決めておきます。
 次にアンプの入力に信号源を接続し、出力波形を観測し、R19を調整し、クロスオーバー歪みが完全に消える値にします。
 ただし、R19を大きくしすぎるとアイドル電流が増加します。
 次に周波数特性を表示させます。
 高域にピークがあったので、小容量のコンデンサーで補正しました。


 シミュレーション波形

入出力波形
 入出力波形

 過渡解析で最大出力近くの波形です。(無歪みといえるかどうかは微妙)
 信号源の電圧は波高値で0.18V、周波数は1KHzです。
 信号源の出力インピーダンスとアンプの入力インピーダンスの影響でアンプの入力電圧は若干低くなります。
 図で赤色の波形が入力信号、出力が緑色の波形です。
 SPICEの演算機能で出力を求めると1.8W程度となります。

周波数特性
 周波数特性

 解析を周波数解析に切り替え、周波数特性を表示させたものです。


 出力トランジスタの定格

出力トランジスタ外形

 写真は左から使用予定の2SB82H、ほぼ同一外形の2SA613、一般的なTO3外形の2SA745です。
 2SA613と2SA745はシリコントランジスタです。
 2SA745の最大定格はコレクタ電流5A、コレクタ損失70Wです。
 2SA613の最大定格はコレクタ電流1A、コレクタ損失15Wです。
 ところが2SB82Hはコレクタ電流0.5A、コレクタ損失2Wしかありません。
 アンプの最大出力時のコレクタ電流をシミュレーションするとピーク値で0.7A、平均値で250mA程度です。
 ピーク値は定格を越えていますが、コレクタ電流の定格は直流、又は平均値で定めてあるので、使えないことはないと 思います。
 もともと、電流定格はHfeの低下を基準にしていて、破損の基準ではありません。
 ただし、電流が増えるということはコレクタ損失も増えるということで、許容損失はキッチリ守らないといけません。
 アンプの最大出力時の出力段のトランジスタの損失をシミュレーションすると600mW程度となります。
 ところが2SB82Hの許容損失は2Wで、これは完全に放熱して、コレクタを25℃に保った時の値です。
 同一形状の2SA613が15Wあるのに一寸少ない気がします。
 熱に弱いゲルマニュームトランジスタという事を考慮しても3〜5W程度はあっても良いと思います。
 CQ出版の規格表が間違っているのでしょうか。
 試しに600mWとなるような電圧、電流を実際に加えたところ、かすかに暖かみを感じた程度でした。
 回路の中点のバランス崩れたとき、片側のトランジスタに損失が集中することも考えられるので、軽く放熱した方が 良いと思います。


 実際の回路

 回路図をクリックすると拡大表示されます。
 拡大図から本文に戻るにはブラウザの←戻る釦を使用してください。

実際の回路

 実際の回路と言っても製作した訳ではありません。
 シミュレーション回路をもとに製作用の回路図を書いただけです。
 調整が必要な部分には半固定抵抗を使っています。
 温度補正にはサーミスタを使っています。
 手持ちにD22Aしかありませんが、25℃の抵抗が200Ωで、1個ではクロスオーバー歪みを取れそうになかったので 2個直列にしています。
 気のせいかもしれませんが、モデルのトランジスタのVbe電圧が高いような気がしています。
 出力トランジスタの保護には250mAのポリスイッチを使ってみました。
 連続電流が500mA近くになるとトリップしますが、瞬間的なピーク電流には反応しません。


 考察

 ゲルマニュームトランジスタのモデルは数が少なく、シミュレーションの信頼性が低い気がして不安ですが 何とか動作する回路にはなっていると思います。
 シリコントランジスタを使えば、差動増幅、直結回路、カレントミラー、定電流負荷等の手法が使え、 設計は遙かに簡単になると思います。
 素子自体が熱に強い、漏れ電流が小さい等の特徴があるので、まず直流的に安定した回路が得られます。
 実際の素子、モデルの選択にも困らず、シミュレーション通りの回路が作れると思います。
 今回はゲーム感覚でゲルマニュームトランジスタを使ってみました。


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